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2022年2月24日木曜日

当院への受診が途絶えておられるみなさまへ

コロナ禍が長く続いているのも影響しているのでしょうか、通院が途絶えていた方による久しぶりの受診も増えている印象です。そこでときどき聞くのは「また調子を崩してしまい、もっと早く行きたかったたのだけど、前回自分の判断で通院をやめてしまったので受診しづらかった」というものです。

気持ちはわかります(笑)。私の場合、たとえばうつ病であれば、寛解した後も一定期間は継続療法を続ける必要があると、どの方にも必ず何度も何度もお伝えしているはずなので、自己判断で通院をやめていたとしたら、余計行きにくいですよね。なんか怒られるんじゃないかとか。

しかしそんなことで怒ったり(そもそも怒る権利などありません)しませんので安心してください。症状が消失したあとに通院や服薬を続けるモチベーションが下がってしまうのは十分に理解できますし、私の説明不足という側面も大きいと思います。ですから遠慮なく再受診してください。お電話お待ちしていますね。

以上、もし迷っている方がいらっしゃいましたら参考になればと思い書いてみました。よろしくお願いいたします。

注:ただし、他院に転院されている場合は話が変わってきます。すでに主治医が変更しているわけですから、そこで治療を続けて頂く必要があります。









2021年3月24日水曜日

処方変更の要望について

今回は、処方変更の要望について書いてみます。

当クリニックに転院してこられる方の中には、前院に不満をお持ちだった場合があります。その場合、差し支えなければ何が不満だったか伺うようにしていますが、結構多いのが「薬を替えてくれなかった」です。

治療を批判したかのようにとられて、主治医を怒らせるんじゃないか、と思ってしまうこともあり、なかなか言いにくいですよね。私も自分が患者の立場に回ると、なかなかお医者さんには意見しにくさを感じますのでその気持ちはよくわかります。

ちなみに私の場合はというと、大歓迎です。「別の薬を試したい」「他の薬物療法の選択肢はないか?」などなんでもどうぞ。薬を絶対に変更して欲しくないという方もいらっしゃいますので、要望を伝えてくれますとむしろ助かります。

一方で「減らして」「中止して」という要望には、おいそれと応じにくい場合もあります。たとえば統合失調症や双極性障害を抱える方の場合、減薬や断薬は症状の再発、再燃につながるリスクがあるためです。うつ病の方の場合も、再発を繰り返している場合は、諸手を挙げて賛成できない場合もあるかと思います。

ひょっとしたら前院のケースでも、

精神科医「この方は処方変更して欲しくなさそうだな」

患者さん「薬変えて欲しいのに、一向にその様子がないな…」

みたいな双方のズレが、不幸にも起きていたケースもあるんじゃないかなと思います。

しかし、さっきも書いたように患者さんからは言いにくい場合もあるので、精神科医の方から処方ニーズを探る問いかけをしたり、患者さんが要望しやすい雰囲気作りをすることが必要ですよね。まだまだ至らないところも多いと思いますので、よりよいやりとりができるように工夫していきたいと思います。

もうすぐ春ですね。行き詰まりを感じたら、桜を見に散歩に出かけてみたりしても、いいかもしれませんね。




2019年7月7日日曜日

講演会に行ってきました

 この土日は、ある精神科の病気(心の困りごと)をテーマとした講演会に行ってきました。様々な流派の治療者が、その困りごとに対する治療法をプレゼンテーションしてくださる形式でした。講演を聴きながら、明日からの臨床に活かせる知識を得たり、演者のキラリと光る一言をメモしたり、自分ならどうするだろうと考えを巡らせたりしながらの二日間でした。

 最後に、一堂に会した演者達に対する質疑応答の時間があり、私も質問をしました。二つ質問をしたのですが、二つ目の質問は私の質問の仕方が悪かったこともあり、消化不良でやり取りを終えることとなりました。(限られた時間内でしたので、他の参加者のためにも、質問は一つにしておくべきでした…)
 
 さて、私は「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」をモットーに、講演会などで質疑応答の時間が設けられたら、可能な限り質問するようにしています。演者達はそれぞれのスタイルで回答をくださり、普段の臨床スタイルが垣間見れるようで大変興味深いのですが、やりとりが記憶に残る演者には共通した特徴があるかなと思います。

・質問者の質問内容に耳を澄ませ、必要があれば質問者の意図を明確化したのちに、回答を始める(だって、質問の内容を理解しなければ、回答なんてできっこありませんよね)
・質問者に敬意を払った態度を示す(ある演者の方は、誠実に回答いただいた後「これでお答えになっていますか?」と確認してくださいました。私はその時、まだまだ経験の浅いぺーぺーの身分だったこともあり、いたく感激した覚えがあります)
・主観(自分の意見)と客観(データ)を明確に区別して答える(多くの場合、私が知りたいのは主観です。客観は自分で論文を読めば済むことですから。とはいえ、終始主観でごり押し回答、というのも困ってしまいます…)

 私も頼まれて講演やワークショップの講師をすることがありますが、上に書いたようなことを意識して質問に答えるようにしています。たとえば、私は「それはいい質問ですね!」とは言わないようにしています。多くの場合、それは「いい質問」というよりはむしろ、演者が「話したいこと」と一致しているに過ぎないからです。あと、質問に「いい」「悪い」と価値判断を下すこと自体がやや上から目線かな、と感じます。

 さて、演者と聴衆の関係って、医者と患者さんの関係に似ているときもあります。医者は「知っている人」で、患者さんは「知らない人」であるという認識に、医者が微塵の疑いも持たない場合、両者のコミュニケーションはどうなるでしょうか。結果は目に見えていますよね。

 そんなこんなをグルグルと考えつつ、今日も一日が終わろうとしています。明日から新しい一週間が始まります。受診してくださる皆様、どしどしご質問くださいね。良き回答者となれるように精進いたします!




2017年8月13日日曜日

心理療法の流派について

心理療法とひとくちに言っても、様々な流派があります。
精神分析、認知行動療法、対人関係療法、来談者中心療法、EMDR、などなど...。

私はそのなかのひとつ、認知行動療法を専門としているのですが、実は認知行動療法の中にも様々な学派・流派があり、もう何がなんやら...という感じになっているんですね。

そんな中で、私が最近お気に入りの精神療法家は、John C. Markowitzという精神科医です。彼が専門とするのは対人関係療法という心理療法なのですが、認知行動療法の訓練・実施・指導経験もあるようで、だからなのでしょう、非常に柔軟な思考を持っておられるようです。そして、彼の著書を拝読すると、患者さんの利益を第一に考えていることが、文面のあちらこちらからにじみ出ているんですね。ちょっと紹介してみますね。(わかりやすくするために、やや意訳します)

Interpersonal Psychotherapy for Posttraumatic Stress Disorder(2016)より
「あるカンファレンスで、『認知行動療法をディスる野郎』と紹介されたことがある。私はそんなことは全く思っていない。私は認知行動療法の訓練・治療・指導も行なってきているのだ。認知行動療法が効果的であることはわかっている。ただ、認知行動療法が患者さんを治療する唯一の手段ではないと思っているだけだ。」
「心理療法の歴史は、流派間の多くの争いで彩られてきた。だけど、患者さんたちが、最良の治療を受けられるように、心理療法家たちで協力して取り組んでいくべきだと私は思う。」

Interpersonal Psychotherapy for Dysthymic Disorder(1998)より
「心理療法家が、全ての患者を『プロクルステスのカウチ』に乗せて、単一の治療法を当てはめる時代は過ぎ去ったと私は信じている。全ての患者に全く同じ薬を処方する薬物療法家なんて、いないようにね。」

私が主軸とする心理療法は、これからも認知行動療法ですが、認知行動療法の治療効果を増すためにも、幅広い視点が必要と考えています。例えば、複雑性悲嘆をお持ちの方に対して、私は「Complicated Grief Treatment」を行うことがありますが、この治療法は、認知行動療法と、対人関係療法と、動機づけ面接のハイブリッドなのです。認知行動療法のことだけ考えて、訓練を続けるわけにはいかないということですね。

目の前の患者さんに対し、最適な治療は何か。常に自問自答し、訓練を重ねていきたいと考えています。

それでは、また。



2017年4月10日月曜日

こころの検査について

例えば高血圧の方が、降圧薬を飲みはじめたとします。その薬が効いているのかどうかは、血圧の推移をみればわかりますよね。また、糖尿病なら血液検査をして、血糖値やHbA1cの推移をみれば良いわけです。じゃあ精神科はどうなのでしょうか?

もちろん、精神科にも症状の程度を表す尺度が、精神障害ごとに存在します。例えば、うつ病ならHAM-D、BDI-II、QIDS、パニック障害ならPDSS、社交不安障害ならL-SASといった具合です。

当院では、こういった客観的な尺度を、治療の要所要所で計測し、現在の状態や治療の効果を皆様に説明することをこころがけています。とくに、認知行動療法を行う方については、こういった客観的な尺度の測定は、ほぼ全例で行なっています。(より正確に申し上げると、認知行動療法が認知行動療法であるためには、何らかの方法を用いて症状を客観的に測定することは、必須の手続きです。)

まあでも、これって当たり前のことですよね。血圧を一切はかることなしに高血圧の治療をされたらどう思いますか?採血して血糖値を測ること一切なしに糖尿病の薬を渡されたらどう思いますか?どうしても特別視されがちな精神科領域の治療ですが、このあたりは他の科と違いはないのです。(そして、たぶん、高血圧の人の血圧の数値が「単に下がる」ことよりも、たとえばパニック障害の人のPDSSの数値が「単に下がる」ことの方が、価値のあることなのです。この辺りのことについては、別の機会に説明できれば、と思います。)

これまでも、これからも、当たり前のことを、当たり前に行う精神科・心療内科クリニックであり続けたいと考えています。

2016年6月15日水曜日

ベゲタミン販売停止

ベゲタミンという薬が今年限りで販売停止となることが明らかになりました。この薬は、フェノバルビタール、クロルプロマジン、プロメタジンの3つの成分からなる合剤です。この中で特にタチが悪いのが、フェノバルビタールです。フェノバルビタールを睡眠薬目的として使用した場合、一度服用を始めると大変やめにくく、すぐに効果が弱くなり、有効量を少し上回る量を服用しただけで命に関わる事態を引き起こします。このため、ベゲタミン依存の患者さんが多数出てくることになってしまったのです。

今回の販売停止は、この状況を重く見た日本精神神経学会からの要望を販売会社が受け入れ、実現したようです。

(自慢するようなことでは全くないのですが)私は精神科医になって以来、自分からこの薬を処方開始したことは一度もありません。いかなる患者さんにとっても、この薬の存在意義は全くないと考えていたからです。

私に担当変更となった患者さんにベゲタミンが使用されていた場合は、必ずその害について説明し、使用を中止するようにしていました。その薬を処方していた医師が先輩であろうと、高名な医師であろうと、これについては1ミリも譲歩しませんでした。(繰り返しますが、これは自慢するようなことでは全くありません。)

今回の販売停止の決定は遅すぎました。しかし、私はこれを歓迎します。患者さんの立場を第一に考え、今後もお薬の適正使用を心がけていきたいと思います。




2016年5月22日日曜日

まずは身体疾患を疑うこと

「精神疾患が頭に浮かんでも、まずは身体疾患の存在を疑うこと」

研修医時代、総合内科に在籍していたときに指導医の先生からいただいた言葉です。当時、私はすでに大学病院精神科に入局していたのですが、特例として一般総合病院の内科で研修することを許されていました。

冒頭の指導は、私がすでに精神科に進路を決めていたからこそ頂いたものであり、以来、鉄則として私の頭に叩き込まれました。実際にその後、心の困りごとが主な受診のきっかけであるにも関わらず、主要因が身体疾患であったケースを数多く経験することになりました。

例えば甲状腺疾患です。甲状腺が働き過ぎると不安症状、集中力減退、焦燥感などの、働きが低下し過ぎると抑うつ気分、活動性の低下などの「精神症状」が出現します。

もう一例。気道の閉塞などが原因で、睡眠中に何回も呼吸が停止してしまう、睡眠時無呼吸症候群という病気があります。抑うつ気分、日中の眠気、疲労感など、うつ病と似た症状が出てきます。

当クリニックは開院して1年弱ですが、甲状腺機能異常、睡眠時無呼吸症候群などの身体疾患をお持ちの方をすでに何人も発見し、専門医療機関にご紹介させて頂いております。医療機関としては当然のことですが、受診いただく皆様の困りごとの原因が精神疾患であると決めてかからず、身体疾患も含めた総合的な視点で診療にあたらせていただきます。

ブログを書いているうちに、その指導医の先生の温かい眼差しが脳裏に浮かんできています。大学病院から特例でやってきた、いわば外様研修医の私にたいして、指導医の先生は他の研修医達と分け隔てなく接し、指導してくださいました。もちろん、研修医の先生達も温かく私を迎えいれてくれました。

精神科医、内科医、臨床心理士など、様々な立場の方々にこれまでご指導をいただいてきました。そういった方々への感謝を胸に、日々の臨床を行いたいと考えています。

それでは、また。

2016年4月19日火曜日

心療内科・精神科医療はクスリありき?

『クスリをなるべく飲みたくないのですが』
「クスリと心療内科・精神科医療はセットです。」

『クスリがあまり効いていなようです。他の治療法はありますか?』
「では、これ以上ウチでは治療できませんね。」

当院に転院して来られた方の中に、上記のようなやりとりをした経験を持つ方が多いことに驚いています。

疾患によっては(統合失調症、双極性障害など)、たしかに薬は治療の主軸として欠かせないものです。しかし、疾患によっては(不安障害が代表的です)、必ずしも服薬が前提となるわけではないのです。

私は心理療法の一つである認知行動療法を専門としていますが、心理療法を志す原動力となったもののひとつが、薬物療法一辺倒に偏っていた(ように私には感じられました)我が国の精神医療に対する疑問でした。

しかし、一方で皮肉なことに、心理療法の側から薬物療法を眺めてみて気づいたことがあります。それは、薬物療法がもたらす安定した治療効果です。徒らに薬物療法を忌避することは、治療の選択肢をわざわざ狭める結果をもたらしかねません。

当たり前の結論なのですが、結局はバランスです。どんな時に薬を使う必要があるのか/ないのか。薬を始める/終える時期はいつなのか。目の前の患者さんのニーズに応えることのできる薬は何なのか。薬物療法以外の選択肢はあるのか。薬物療法と心理療法の併用についてはどうか。これらについてきちんと治療者が把握し、わかりやすく説明することが重要と考えています。

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一度始めたらやめられないのではないか?強い薬を出されてしまうのではないか?どんな副作用があるのか?人格が変わってしまうのではないか?心療内科・精神科で出される薬についての批判的な記事を読んだんだけど...。信頼できる人が薬を飲むのはやめろと言っているのだが...。
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ご不安な点はたくさんあるでしょう。何でも聞いていただければと思います。







2016年3月16日水曜日

不安は「有害な」感情で、除去すべき「症状」?

医学では、人間をある種のロボットのようにみなすことがあります。

つまり、病気になった人は、全身のどこかのパーツや回路に異常や不具合があるとみなすのです。ですから、病気を治すためにはそのパーツや回路を取り外す/修理調整する(手術)、交換する(移植)、油をさす/充電する(投薬)ことで対応するわけです。機械主義的な世界観とでも言えるでしょうか。このやり方で、西洋医学はめざましい進歩を遂げてきました。

この考え方(医学モデル)は、精神科領域にももちろん適用されています。ただし、こういったやり方が精神科領域では有害となりうることもあるのです。その代表格が「不安・不安症状」への対処です。

不安・不安症状に対して、我が国では抗不安薬(いわゆる精神安定剤)が頻用されています。多くの場合、不安・不安症状を「有害症状」として捉え、これを「除去」するという狙いのもと抗不安薬が処方されているように感じます。

不安を除去しようとする試みは、うまくいかないこともあります。なぜならば、不安は私たちにとって必要な感情だからです。抑え込もうとすればするほど膨れ上がったり、よしんばうまくいったようにみえても、その代償として活き活きとした感情もろとも抑え込んでしまうことにもなりかねません。

不安・不安症状は除去するのではなく、波乗りをするがごとく、あるがままに乗りこなしていくことが肝要です。もちろん、一筋縄ではいかないのですが、そのお手伝いをさせていただくのが、私の役目の一つと考えています。ご相談をお待ちしております。


2015年12月26日土曜日

ドリー・パートンとホイットニー・ヒューストン、そして、自分の言葉で語ること

I Will Always Love Youというバラードの名曲があります。我が国でも認知度が非常に高い曲と思います。今は亡きホイットニー・ヒューストンの主演映画であるボディーガードのクライマックスで歌われる曲といえばお分かりでしょうか。ホイットニーバージョンはとにかく力強く、まさにパワーバラードといった趣です。

この曲は、もともとはドリー・パートンというカントリー歌手のオリジナル曲です。彼女も超ビッグネームなのですが、我が国ではそこまで知られていないのではないかと思います。オリジナルバージョンは、ホイットニーバージョンとは対照的で、今にも糸が切れてしまいそうな物哀しい雰囲気が漂っています。

私は、オリジナルバージョンの方が、遥かに好みです。どうしてオリジナルの方が優れていると感じるのか、もちろん説明はできるのですが、どうしても、ホイットニーさんの方を貶してしまうような表現になってしまいますし、どうもしっくりこないなあ、とずっと感じていました。

で、先ほどネットをぶらぶらと探索していたところ、これだ!というコメントを見つけました。英語のコメントでしたが、そこにはこう書いてありました。

「ホイットニーも素晴らしい。だけど、誰もドリーのオリジナルは越えられない。この曲を、感じて、生きて、書いたのは彼女なのだから。」

これ以上の説明はないな、と思います。

患者さんが自身の体験や挑戦を経て、状態の改善につながる大きな発見をし、そしてそれについてご自分の言葉で語ってくださる時があります。私がこの仕事していてよかったと思う瞬間の一つです。そういったときに語られる言葉の一つ一つに強い生命力と、説得力を感じるのです。なぜなのか。ネット上で見つけた、先ほどのコメントに、その答えがあるような気がします。

それでは、また。




2015年8月7日金曜日

こんなことでかかってもいいんですか?

「こんなことで、受診してもいいものなのか迷っていた」
クリニックをはじめて1ヶ月経ちますが、何人かの方からこのことばを聞く機会がありました。その理由を伺うと、

1) 自分の困りごとは、心療内科・精神科で相談するようなことなのだろうか? 
2) 自分の困りごとは軽すぎて、受診するほどではないのではないか?
上記のように考え、受診をためらわれていたようです。

まず、1) についてです。そもそも、町のクリニックは、なんらかの困りごとを抱える地域の皆さまの最初の窓口でもあります。その困りごとが、医療で対応できるのか/できないのか?当クリニックで対応できるのか/できないのか?対応が難しいのであればどの医療機関(総合病院?大学病院?精神科病院?内科クリニック?etc...)に紹介することが適切なのか?こういったことについて適切に判断することが、自身に課せられた使命のひとつであると考えております。

次に、2) についてです。困りごとに軽いも重いもありません。少なくとも、受診が頭に浮かぶ程度には、あなたを悩ませているものであったり、ことであったりするはずです。それを、ぞんざいに扱うようなことは、私は決していたしませんし、これまでもしてこなかったつもりです。

診察が終わった後に、「迷ったけど、不安だったけど、受診してよかったです。」とのお言葉を、やはり何人かの方から頂きました。そんなとき、クリニックを開いてよかったな、と、心から感じます。

どんな困りごとでも大丈夫です。気軽にクリニックの門を叩いて頂ければと思います。

2015年4月16日木曜日

診療時の服装について

クリニックでの基本的な装いですが、白衣にするかジャケット着用にするかで迷っています。これまでは病院勤務でしたので一も二もなく白衣を着用していましたが、それでも認知行動療法を行う時にはジャケットを着用していました。認知行動療法では、セラピストがクライアントを治す、という一方通行の関係性ではなく、セラピストとクライアントが一緒になって問題解決を目指していく姿勢が大事なので、なるべくお医者さん然とした白衣は避けたいと考えての選択でした。

クリニックではこれをもう一歩推し進めて、通常の外来診療でもジャケットにしようか、いやそれとも従来通り白衣だろうか、どうしたものかと迷っていたところ、面白い研究を見つけました。内科クリニックを訪れた患者さん達に(1)スーツ姿、(2)白衣、(3)手術着、(4)カジュアルスタイルの写真を提示し、どのスタイルが一番好みで信頼に値するか質問してみたというものです。

結果は……。圧倒的に白衣姿が好評でした!「そうかあ、やはり白衣なのかなあ」と思って研究に使用された写真を見たところ、うーんと考え込んでしまいました。特にカジュアルスタイル。カジュアルにもほどがありますね(笑)。

もちろん来院される皆様はお好きな格好でいらしてくださいね。私を含めクリニックスタッフ一同は、失礼のない格好でお迎えすることを約束いたします。それでは、また。

Am J Med. 2005 Nov;118(11):1279-86.
Rehman SU1, Nietert PJ, Cope DW, Kilpatrick AO.


2015年2月27日金曜日

2015年1月12日月曜日

趙括と認知行動療法

今、史記を読んでいます。といっても横山光輝さんの漫画版ですが。史記は、中国前漢時代に司馬遷によって編纂された歴史書です。様々な人間の生き様、身の処し方を学ぶことができ、非常に勉強になります。昨晩は第五巻を読みましたが、趙国の武将、趙括のエピソードが印象に残りました。趙括は幼少時より兵法に通じており、同じく武将であった父親を兵法談義で言い負かす事すらありました。才能を自負していた趙括ですが、いざ秦国との実戦に赴くや、その戦術は本で学んだ机上の空論に過ぎず、あっという間に趙国四十万の大軍を失ってしまったとのことです。

私は、心理療法の一つである認知行動療法を専門にしていますが、心理療法でも同じことが言えます。心理療法を語ることと、実際にクライアント(ないし患者さん)に施術することは全くの別物です。流麗に心理療法を語ることができるからといって、その人がその心理療法を使えるとは限らないのです。趙括の父である趙奢も、本から得た知識のみを鼻にかける我が子の危うさを見抜いていたそうです。

認知行動療法は比較的マニュアル化しやすい治療法でもあります。そういったマニュアル本は、本屋さんでも簡単に入手することができます。(写真左側の本は、マニュアルの一つです。)しかし、マニュアルを読んだからといって、その治療がすぐに実践できるわけではありません。大事なことは、マニュアルの行間に存在しており、それは、熟練した治療者からの指導と、積み重ねた実践経験からしか得られないものだからです。

世界中の研究から得られた客観的な事実と、積み重ねてきた自身の実践から得られた経験的な知識、そのどちらも血肉として、現在の状態、考えられる治療法、今後の見通しなどについて、目の前の患者さんにわかりやすく説明することをこれまで心がけてきました。開院するクリニックにおいても、これらの点を大事にして診療にあたっていきます。よろしくお願い致します。